日比谷通りの東京プリンスホテルの駐車場前を通るとこの門が見えます。偶に観光客がなんだかわからずに写真を撮っているようですが、この門がどのような謂われがあるか知っている人は少ないようです。
これは「有章院霊廟二天門」(ゆうしょういんれいびょうにてんもん)といいます。
有章院とは江戸幕府の第7代将軍、徳川家継(いえつぐ)(1709〜1716)の院号です。霊廟とは墓所のことです。二天門とは二人の守り神のある門ということです。すなわち徳川家継の墓所の山門と言うことになります。
有章院霊廟は家継没後の翌年1717(享保 2)年に第8代将軍、徳川吉宗(よしむね)により建立されたたもので、日光の東照宮(とうしょうぐう)に劣らぬといわれるほど荘厳で豪華なものであったそうです。しかし、残念ながら1945(昭和20).5月に米軍の空襲により、この二天門を残し霊廟は焼かれてしまいました。土葬されていた家継の遺体は1958(昭和33)年に発掘し荼毘(だび)にふして増上寺の徳川将軍墓所に改葬されています。
この門には右側に北方を守る「多聞天」(たもんてん)、左側に西方を守る「広目天」(こうもくてん)がお祀りされております。